虹色のやさしさ

この宇宙のあふれる優しさの中で、私に流れる煌めくいのちを全うできますように

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2013-04-30-Tue-18:08

虹色のやさしさに訪れてくださりありがとう

あなたの 心は

やがて癒え

鳥たちは 歓喜を歌い

恵みの雨が 降り注ぎ

枯れた 大地は やがて蘇る


あなたから 出た言葉は 

風にふかれ

海をわたり

地を伝わり

はるか 遠くの誰かに 手渡されるだろう


あなたが行う 呼吸は

花々をとおり

豊かな土になり

虫のいのちに伝わり

萌えいずる 森を 創るだろう


あなたは 癒されていく

あなたの心は やがて癒えていく


青い星の中で あなたは 愛になるだろう

青い星とともに あなたは 愛になるだろう


(ほしのはらより 新潟の震災の日の朝の大地の痛みを感じたあと自然に出た言葉)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめまして ゆきのです。


前のブログでは「あとり」として沢山の皆様と仲良くしていただきました。
新しくブログを変えたくなり、こちらをスタートさせました。

あとりでもゆきのでもどちらでも呼んでくださいね^^

つたないイラストやなんちゃってポエムや、
やっぱりよくわからん日記かもしれませんが
表現するたびに、感謝がまわっていきますように。

出会えた大好きなあなたへ

出会えた大切なあなたへ

感謝をこめて。

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2012-12-03-Mon-11:05

どこまでも高く

ふうせん

どこまでも高く飛んでゆこう

お気に入りの 赤い風船を ひとつ見つけたら

それが わたしの道しるべ


赤い風船は お空高く どこまでも

わたしと 一緒に 飛んでゆく


高く高くどこまでも

遠く遠くどこまでも


風船と一緒に 冒険の旅

わたしのこころは 自由に飛んでいく

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日アップした、

絵に書かれた文字の、扉が、扇、と書かれていたことを 誰か気づかれたでしょうか(ふふふ)

ああ、誰か気づいて、心で突っ込んでくれていたかしら、
と思うと、可笑しくてなりません^^

どうか、誰か気づいて、ふっと笑っていて下さっていたことを祈ります(そんな祈りって・・・)

扉じゃなくて、扇かよ!千景かよ!(扇千景さんごめんなさい、全く関係ないです)みたいな。



絵を書いたとき、扉という文字がイマイチ自信がなく、辞書を引いたのですよ。
でもなんで、ひいたのにもかかわらず、扇になっていたのだろう??

そこがイリュージョン(奇術)なのです。
いや、ただのミスです。

以前も、イラストにのせた英語が怪しい感じに間違っていて、
ペインター?(パソコンについているお絵かきソフト)
でなんとなくごまかせたので、今回も、なんか変な感じにごまかしました。

以前より時々、私のイラストを使ってくださる方がいてくださります。
本当にありがとうございます。

でもたまに、いやしばし、間違ってるので、どうぞお使いくださる前には
誤字脱字、スペルミスなど確認をしてください。
(人任せかよ)

それでもって、お使いくださることを一言おっしゃってくださるとありがたいです。
よろしくお願いします。

2012-12-02-Sun-09:56

新しい扉

イラスト
新しい扉を開けるよ


新しい扉は


まっさらな中に

希望に満ちた中に

作り出す中に

いつだってある


汚れ切った中に

希望を失った中に

崩れ落ちる中に

いつだってある


新しい扉は 必ず 開く

開くのは わたし


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えへへ、また一ヶ月たってしまいました。

先月は、自分が傲慢だな、ってことを見るしかないようなことが
あらゆる状況の中で、いくつも重なったのです。

そして、肉体的にもなんとか生活しているものが、寒さがはじまりガクンと落ちていました。
そうしたら、少し自分の気にしている体の部位に反発を感じる気持ちが
浮かびあがってきました。


相手にごめんなさい、そう思うことはできても、自分を許すことができない。
言い換えてみれば、自分を責めるものすごい大きなパワーで、
そのついでに、体の痛みがなかったら、もっと相手を観れるのに、
余裕があるのに(という言い訳をつけて)、もう、閉じこもるしかないんだ。
と、なってしまう、事実に直面できない私の癖です。

昨年の震災前くらいからいろんなことがありますが、
今回も、声を大きく、泣きまくりました。
もう、わんわんと☆壊れたように。

(今一人暮らしなので、思い切りできます。
入院中はそれがなかなかできなくコントロールが大変だったった^^;;
住まいもありがたいことに、ひと部屋だけですが、家として周りと分離しています)

そしたら、少し素直になれてきました。
ありがとう。本当、ごめんなさい。
そして、もっと透明に呼吸ができるようになりました。うん、オープンハート。大丈夫。
相手のことも、体のことも、自分のふがいなさも、
ぜーーんぶ、あたためきった感じ。大丈夫だ。

そして、いつも周り全てが助言に満ちています。
周りの美しい自然たちや今身近に関わってくれる人たち。

充分です。
充分。

ありがとう。
本当にありがとう。

千と千尋の神隠しの、いつでも何度でも歌の歌詞で

「こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される」

全部歌詞は大好きですが、
この歌詞の部分もとても響きます。



さて、昨夜は、、久々にお風呂に入り髪を洗えました。
すごい気持ちよくって、嬉しかった。

髪をとかしたり洗ったりすることが、たぶん、この二年、のだめよりも
ペースダウンなので、気持ちよくて。


そしたら素敵な夢を見て。

友人が、今までの経験やその人でなければ経験できないことを通して
見たこと感じたことを社会で沢山の人に伝えている夢。

そのエネルギーは、大勢の人にしんしんと届くのです。

私はそれを見て、感動して、嬉しくて、せつなくて、
ああ、なんといえばいいかわからない、
魂からせつないくらい喜んでしまい、そっと会場の外へ出て、一人涙を流していた。

その夢から起きて、まだ幸せで、
私、時代は変わる、本当に真実の素敵なものであふれるって思った
(唐突すぎて、何も根拠なし?)

原発やエネルギーのことも私の中では大きなこと。
木々の破壊や、水の汚染なども。

全てを受け入れ、そして意図を持ち、進むこと。
相反しているようだけれど、
大きな器の中で私という個人が生きるということ。
とてもやわらかに
しなやかに
強く
ハッピーに。

新しい扉は、まっさらで希望いっぱいの中にも
そして、崩れ落ちて、汚れ切った大地の中にも
ボロボロさんの体と生きている私の中にも

粉々に割れた鏡の中にも

ある。


私のわがままや傲慢を受けてしまって傷つけてしまった人たち。
私を励まして、助言くださる人たち。
木々、空、石、山、水。
見えるもの。
見えないもの。

それらに全て感謝をこめて。

ごめんなさい。ありがとう。

そして、新しい扉をいつも勇気を持って開ける私でいたい。

私は何ものでもなくて、
特別何かを持ったり、捨てたりするものも何もない。

でも、新しい扉を開くそのもの。
それが、生命そのものだと思うから。

全てを抱きしめて、力に満ちている
愛に満ちている。
それがわたしという生命の現れだと思うから。

書いていて、とてもゆるやかにあたたかくハッピーな気分。
ありがとう。今日という日をいっぱい受け入れ感じ、歩いていこう。
2012-10-25-Thu-11:32

どんな時も守ってる



だいじょうぶ

どんな時も守ってる

この大きな空の中

見るもの全ては
触るもの全ては
聞くもの全ては

起きてくる全ては

守られている

あなたは
愛されている

世界は
愛されている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

急に寒くなってきました。

夜空は綺麗に澄んできたけれど、寒くてなかなか見れません。

今はちょうど半月よりもふっくらしたくらいでしょうか。

動けないとき、
心の深淵を広げて星空を見るときがあります。

自分の深くに輝く星星を…
時間を超えて、何万年も何億光年もの星星の輝きを
私の内に感じます。

静かに夜がふけていくなか、そういう時間を持てる一瞬の間がありがたいです。
夜空の深い世界に心を開くことは、自分が静まらないとできないから。





果てない宇宙で今日も夢を見ました。

この一日を。

笑ったり泣いたり。苦しんだり喜んだり。
立ち向かうものがあったり。
繰り広げられる夢の数々が宇宙に浮かんでる。


孤独だと感じても
それしか感じられなくても
でもそれは愛の中のひとかけら。

それはきっと照らされていく。


この世界を愛しています。
あなたを わたしを

痛みでさえ
かなしみでさえ

宇宙はやはり愛ではないか、と、そう感じます。



果てない宇宙で生まれた奇跡は
泡のひとカケラ
深く 藍い 海の
(さんびきのくま 歌詞より)

2012-10-11-Thu-12:32

brightness

いつまでも続く痛みに絶望したかもしれない

でも
あなたは生きている


未来を描くことなどとても無理かもしれない

でも
あなたは生きている


明日生きていく糧がないかもしれない

でも
あなたは生きている


誰もいなくて孤独かもしれない


でも

あなたは生きている


あなたが
そこに生きていること

それが 輝き

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
心深い優しさで素敵な生き方をされているにぽぽさんの以前の日記
「生きてちゃいけないの?」
の記事が少し残っていました。


内容は、寝たきりで重度の障害を持つ方が、
穀潰しだ、生きていて意味がない、とそうおっしゃっていた方が
いらっしゃったことと、出生前診断のことが書かれていました。
そしてにぽぽさんのありのままの強く優しい生き方も。

ここから先は、私の個人的な経験と自分の中を
見た中で書いていることで、まだ文章にしっかり
表せられないことが多いのですが、書きたいので書きます。

動けないのは役にたたない、とか穀潰しという言葉が社会に
普通にあるように
そしてその価値観を握りしめている人たちが沢山いる中で
私自身もいろいろ経験してきました。

子供時代から、今まで
そして、この社会には、こういう経験をして声に出せない方が
いるのだろう、と感じました。


環境によっては、信じられないくらい辛い状況になることも、あるということも。

高齢者や病気の人への対応、虐待。
あるいは、子供への。女性への。家族。
あるいは、エネルギー問題や、食料や、戦争や。

人は複雑になると、歪みます。
そのはけ口や憤りがいろいろな形で現れている。

何かを支配する、支配される、ということで歪みを埋め合わせをしたいと思うのです。
本当は埋め合わせするものなどないのだけれど。

でも自分自身でも埋め合わせしたい何かがあることに気づいたとき
忘れたい何かが、見たくない何かが、外ばかり見ていたことに気づいたとき、
そのシステムを見たのです。

誰も悪くない。


意識のない人でもあきらめないで回復し、気持ちを伝え合うプロジェクトをされている
かっこちゃんの今日のメルマガは
「みんながわかっているという前提が大切」
と書かれていました。



自閉症の子供さん、脳死状態の子供さん、思いを伝え合うことのできない状態の方。
いろんな人に合っても、かっこちゃんが、理解するのは、大前提があるからだと感じます。

みんな大切。
みんなつながっている。
そこからでしか目の前を見ないから、と感じます。

それにはとても強い愛があるから。




世界が明るくなって明るくなって
そうしたら、目の前の人の輝きしかみえない。
もうそれが強すぎて強すぎて、他の何かがその人の輝きに入り込むことはない。


その輝きを見たら、

傷つけることはおきようもない。
何かを傷つけることはおきようもない。

私は時々だけれど、そういう世界を見ます。
というか、当たり前に知っている世界。
それが、本当にこの世界の真実みたいに、
理屈ではなく、わかる気がします。

そういう関わりができたらどんなにいいかな。
既存の関わりではなくて、そういう関わり。

だから、私自身も、出血やいろんなことに、めげていたくないのです。
過去の記憶も戻ってきたりしても、めげていたくないのです。


世界に光を増やしたい。
自分は光、が理屈ではなく当たり前の世の中になりたいのです。

昨年は、自分の中のものありとあらゆるものが全て力つき、
ギリギリの状態で、生きているのも怖く
死ぬのも怖く、どちらも、ただ怖く、
狂気のような気持ちも流れ込み
それは、かつての出来事の相手の気持ちだったのだけれど、
自分を見失い、ただ流れる出血と、変わっていく体と精神の状態でした。

木の葉が落ちても、怖く
(「最後の一葉」の物語の気持ちが本気でわかった)

会話をなりたてる力もなく、
人と接することもエネルギーがなく
ただただ自分から生命みたいなエネルギーがなくなっていくのを感じていました。


できれば、ベッドサイドで、牧師でも神父でも坊主でも
アーメンでも、ラーメンでも、チャーシューでも言っていてくれーー
聖書でもコーランでも読んでくださいーーー。
(今までもわかっていたつもりだったのだが、
ホスピスに神父さんや宗教的なものが必要なのが、骨の髄までわかった)

というような状態を必死に保ちました。

結局一番やったのは、絵本読み聞かせ
(口もうまく開けられず、震えながら傘地蔵を自分に読むホラー読み聞かせの巻)だったのです。
子供に絵本読み聞かせが大事なのが、心深くわかった。絵本、ビバ。

仕事をやめて今月で13年目になり。

いろいろ変わったけれど、でもこれからやっていきたいことは。
世界に光を増やしたい。

いろんな問題。
確かに、エネルギーや、虐待防止や、いろんなことに少しは関わっているけれど、
でももっと根源。

根源。

根源でみんなと会いたい。そういう現実を作ります。
もちろん、まだ自分の生活で精一杯なのですが。それでも、生かされてるのだから。

いつもだらだら文を読んで下さりありがとう!
それから拍手のメッセージも(今頃そういうものに気づきました、嬉しかった)ありがとうございます!
2012-09-28-Fri-15:09

夏が駆けていくよ



夏が駆けていくよ


私と一緒に過ごした夏は

髪を触り 足と戯れ そして去っていく


二度とこないこの夏の香りは

空の彼方に

私の体に

さよならを言って駆け抜けていく

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりで、心配おかけして。毎度のことで。



とっくにとっくに夏は過ぎちゃって。

おまけに、私は寒くて寒くて、夏どころの騒ぎではなくて。

でも、きっといろんなことを無条件に受け入れ

そして、それがどんなに嬉しくてもどんなに辛くても、

通り過ぎていくものに、さよならしていくことは

夏が過ぎていくこととと同じじゃないかって。

今ふっとイラストにかいたなんちゃって言葉で思いました。



夏は、自然は、潔い。


夏を見習おうって思ったりします。


どんなことでも

どんなことでも

心のそこから

愛しています。

それが言えればすべて◎だ。


今年の夏 愛しています。 愛しています。


私は、
強くなりたい、そう思う夏の終わりでした。

強くなりたい。

すべてが完璧で、弱い強いもないけれど、
もうすべて完璧で、成長しなくてもいいんだよ、

だけれど、

あえて、いいたい。

強くなりたい。

というか

なる。


昔、優しい詩を書かれていた、みさきさんの言葉に

優しい人を見ると弱かったのだなあ、と感じる(言葉は正確では全然ないけれど、ニュアンス的に)

みたいなすっごいその言葉の深くに深い慈しみが流れている言葉がありました。

本当に思う。

弱さは強さ。
とことん弱さを経験した強さ。

私もそれだったら、強くなれるね。
優しくなれる。


あと、更新してない間、自然に承認制になっていたみたいでごめんなさい。
使っていないと、そうなるのですね!

おまけに、もしもし、メールを下さった方がいらっしゃっても、
私はそれを受け取ることができない設定になってしまってました。
メールを送ってくださった方、もしいらっしゃっても読んでいません。スミマセン。


私、この度、パソコンというものを買いました。
それも、12年前に勤めていた時の残っていた貯金で、です。
ええ、借金もあるのですが!


自分のものはDOSの時代のものしかなく、
今まで、10台くらい使っていましたが、気前のよい自作家から
余った部品や、大切なPCを譲ってくださってました。

家族が使うものになりとても助かっていたのですが、
自分のものをもったのは初めてかもしれません。

今までも人に借りることが多かったので、
これからはこのパソコンを大事に使わせてもらおう、そう決めています。

さあ、秋ですね!
2012-07-30-Mon-01:04

生きなさい

生きなさい

あなたの人生を
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生きなさい

あなたの道を

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生きなさい

あなたの生が永遠に還る日まで

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私の子供たちよ

安心して生きなさい


(ほしのはらより・・大好きな五所神社の楠に寄り添って感じた言葉)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かつてのこの日記に書いた時の詩につけた文章は
時々
私の現状や体から逃げたくなる、けれど、それをすべて抱きしめていきたい。

そんな文章を書いたと思います。



けれど、いや、違う、もう、逃げたくなるものなんてない。
もう、その経験はいらない。


この体で生きていること
それは
木が木として生きているように
私が私として生きていくこと。

同じいのちを
違う入れものの中で表現していくこと。

この木のように、生き、そして出会う日々や出会うものに
「安心して生きなさい」
と伝えられるくらいの、いのちの力、それが私なのだ。
この楠のように。
それが私のいのちなのだ。


同じ詩をこのブログで書いても、私自身は以前と変化しよう。
楠から感じたものを本当に自分自身のものにしよう。


負けないよ。

今生きているのだから。


愛して愛して生きてゆく。

いのちをおしみなく表現していく。
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