虹色のやさしさ

この宇宙のあふれる優しさの中で、私に流れる煌めくいのちを全うできますように

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2012-07-07-Sat-23:42

星降る夜

願い事 笹の葉吊るし 空眺め 星降る夜の 十四のこころ

中学生の七夕の時、短歌を作って、笹の葉に吊るしました。

初めて、短歌、というものを知りました。
何個か作りました。


その時は、私は施設にいて、小さい子から同じくらいの子までと
一緒に生活をしていました。


パジャマをきて、笹の葉に自分の部屋の人たちとホールに吊るしに行き、
そして、
その先には、隣の部屋の子や、大好きな男の子、小さい子供たちがいて、
パジャマの感触、ホールの足音、蛍光灯の灯り、笹の葉につるされた飾り、
そんなものを感じて、願いごとを笹につる下げた記憶があります。


そういえば、七夕には、
3年前も、病院にいましたが、笹の葉に願い事を書きましょう、って
小さい子がまわってきて、書かせてもらった記憶があります^-^


14の心も
今の心も

いろいろあって

でも見上げた先の星空のように
ただ精一杯輝いて、消えていく。

私自身も輝いて、消えていく。
みんなみんな同じ大きな空で。

すべてをなんでも映し出せる、空の中で
いろんな輝きを出していく。


様々な輝きが 煌めいては消え 煌めいては消え
そういう世界に生きている。

ただ それだけのことが とても美しいと思うのです。



願いをかけた中学生の私は、
今の私と共に輝いて

そして

そのころ一緒にすごした仲間も
その空間も、全部大きな空の中で輝いている。

私が輝いているは、
みんなが輝いているから。

私がいるのは
みんながいるから。

お互いがお互いを大きな空の中で映し出し

いのちの輝きを共にしているのだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、大飯原発の再稼働についてのブログや行動のことを読ませていただいいました。

読ませていただいた方の、自分の行動、見たこと、すべてを振り返り、
対話して、理解しようという姿に頭が下がりました。

ひとつの行動から、深く深く感じて、理解される姿。
たとえどんな行動でも、その行動を懸命に理解すれば、その先は同じ気がします。

それについて、ふと思い出しました。

以前ですが、古くからイルカさんを食する文化のところで、
その地域の方がそのことについて、そして、それに対して反論のある方について、
まっすぐに向き合う姿勢の姿を見たことがあります。
その瞳の奥の光が忘れられません。
もうその宝と、答えがあるような気がしました。


まっすぐ見るというのは、二元論を超えているとしか思えない、いつも思います。


誰かが悪いのではないし、
何かが悪いのではなく。
何が正解とか不正解もなく。



原発の再稼働に今後の在り方を、国民が投票で決める署名を行っています。
賛成でも反対でも、そのことについて、考えられる、
正直に、というのは宝だと思います。


そして、結果、それを受け入れながら、その先を考えていくこと。
静岡の方、お近くの居住地の近くで、署名することができます。
署名場所にどうぞ、足をお運びください^-^

あとわずかの日程です。

原発県民投票・静岡
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2012-06-09-Sat-23:12

一通の手紙

最近、16年前に仲良くしていただいた方のことを、ある出来事から繋がり、
夢を見て、いろいろと思い出していました。

実は、前のブログでも、この方のことを書いていて、
途中で、ヘロッて、結局アップせず、そのままになってしまったこともあります。

その方は、福祉調査のアンケートでバイトをしたときに、出会った、
視力障害のある方でした。


アンケート調査は、障害者の困っていること、生活の実態を知るためのもので
いろんな質問項目を前もって、郵送しておいたものを回収してくるものでした。

でも忘れている方もいるし、体が不自由でアンケートじたいが書けないことも多いです。

なので、お宅に伺った時に、
時間をもらって、話をしながら、一緒にアンケート項目をうめて、その中で、生活のいろんなことを
お聞きしていくことが多かったのです。

そうやって、相手のしんどいことや、身の上話を聞かせていただくことがありがたくて、
その方の家でいっぱいその方を知るのが幸せで、長い時間話しを聞きこんでしまうこともよくありました。

そのお友達になった方も、家にあげてもらい、お茶もだしていただいて、
長話になって、その場で相手にガイドを頼まれ、友達になってくれた方でした。

自分のアパートからもすぐそばだったので、いつも、お宅に伺って、
手紙を読んだり、印刷したりしながら、お茶をすすってお話していました。

私はすでにあちこち痛いし、微熱やら、関節痛やらで、薬てんこもりで、
ちょっぴり、元気ないうつうつ星人だったので(っていつもやろ)
自分の生活が精いっぱいで、心から楽しめることがあまりなかったのですが、
この方に会うときは、いつも楽しくって、うれしくって、元気をいただいてきました。

全盲ですが、スキーもやるし、マラソンも水泳も、私より細かいセーターも編んじゃう。
一緒にオペラいったり、ご飯食べたり。

その時、私は、外食という特別日よりは、ほとんどなかったのですが、
その方と、食べた藍屋のご飯とか(よく覚えているのだ)、おいしくて、おいしくて、

お前、ご飯の位置説明しろよ!

の前に、自分がうっとり食べちゃう、情けないガイドだったのです。
ちーん。


一緒にマラソンいきながら、その方はマラソンガイドと走るのですが、

「ゆきのさーーん、今走ってますかーー?」(すでにこの方、10周目)

・・・・・

返事ができないほど、へばって、2周目でダウンして、グランドで寝てる私・・・・。



一緒に水泳でプールで泳ぎながら、その方はもくもくと泳いでいるのですが

「ゆきのさーーーん、今泳いでいますか?」(すでにこの方、100メートル)

・・・・・・

「まだ、25メートルも泳いでいないわい!!!はたからみたらおぼれているわい!」


こんなダメっぷりなお友達(ガイドとして機能していたのか疑問)でしたが、
いつもいつも腕を組みながら歩かせてもらうのが大好きでした。


その方の作る、なめこのお味噌汁を、寒い冬にいただいたとき、
心の深くからあたたかくて、あやうく涙が出そうでした。

自分の体がこんなにも冷えていたのもしらなかったし、なんだか心も寒かったのだ、
と気付きました。
そして、食べ物が、心をあたためてくれるのも知らなかったです。

こんなあたたかいなめこのお味噌汁は生まれて初めてだったのです。

それから、なめこのお味噌汁(ただでさえ、ねっとりしていて、冷めなくてあったかいし)を
作るたびに、その方を思い出していました。

前のブログで、なめこのお味噌汁をつくったけれど、昔作ってくれた方にはかなわない、
というお話を、イラストと一緒に書きかけていたくらい
なめこお味噌汁=その方でした(笑)

就職でその方の家からはなれ、そのまま体調をくずしました。
そして、だんだん疎遠になっていきました。

今ごろどうしているんだろう?
でも私はもうガイドはできない、会いにいけない、元気でいるかだけ知りたい、そんな気持ちでした。

ところが、最近、ブログでこの方が最近マラソンで走っている姿を、偶然写真を撮っていた
方がいらっしゃって、びっくり。

もう、私は覚えてらっしゃらなくてもいい、声だけ聞こう、
何回もかけようか、やめようか、私の近況だってあまりよくないし、
と悩みながら、最終的にどきどきして電話したら、
何百人とボランティアにお会いしていた方が、16年前の私をおぼえていてくれたのです。

私と出会っていたときから、ボランティアが多かったので、時折、たまに連絡くれる方がいても、
覚えていないのを覚えているふりをしていたのを知っていたのですが(笑)
私のことは、就職した先の土地まで、覚えてくださっていたようで、感激しました。

(ひょっとして、あまりにガイドとして機能していなかったから覚えていたのかも?)


私の電話番号や携帯を相手は聞いてくださったけれど、なかなか数字が覚えられない様子。
昔は、空で数字はすぐ覚えていましたが、
今は、なかなか覚えられなかったようです。

私は、お手紙します、と約束しました。

でも、点字セットはあるものの、自信はありません。
体力もありません。


それで、たどりついたのが、点字の翻訳してくれるところでした。

この手配も今の自分にとっては、時間をしっかり作ってやろうとしないと、
できないものでした。
ようやく、その代行してくださるとこに連絡し、ワードで書いた手紙を送りました。

そしたら、もう相手に配送しましたよ、と今日手紙の控えがきたのです。


うれしくてうれしくて。

とにかくうれしくてうれしくて。

手紙が届けられること。
この一通のお手紙を書けて相手に届くのがなんでこんなにうれしいのでしょう。
なんてなんてうれしいのでしょう。

そして、私の手紙を代行してくれる所があり、してくれる方が
いてくださることがなんてうれしいのでしょう。
なんてありがたいことなのでしょう。

このサービスがなければ、私は、その方への思いを閉まったままでした。

思いを伝えることができた喜びをとてもかみしめています。

今度ぜひ、書かせていただきますが、
宮ぷーさんや、そして、なかなか思いや伝える手段のない方が
表現できる喜びは、いのちの喜び、愛のよろこび、だと感じます。

伝えることができること。

誰もが当たり前に、自分の気持ちを自分の言葉で、自分らしく。

実際伝えられる手段を持っていても、自分をおさえて、本当に気持ちがわからなく
なっている人も沢山いると思います。

さまざまな立場や、今までの関係、
病気や引け目などで周りに伝えたいことを伝えられないこともあるでしょう。


私自身も沢山のことを経験しました。
今でも時折、ぐっ、とこらえるしかなくなる癖もあります。


みんなが伝えられるように、みんなが表現できるように、自由に。


制度やいろんなものから始めると、形からだから、その形にはまらないと、
こぼれることがあるかもしれないけれど、優しさは形がありません。

優しさが流れて、それぞれにちょうどいい形となって、届き、表れていくような世界になったら
いいな。

誰もこぼれおちないのです。
誰も自由に表現できる世界があるのです、きっと。最初から。
それは一人一人完璧なオリジナルです。

すべての人が当たり前に交流しています。

そうなるように、優しさはできているのだと感じます。



私は16年前の友達と、そして今回代行してくださったサービスに本当感謝しながら、
そんなことを考えてます。

一通の手紙にまつわる大きな喜び。

いつも心で気持ちを伝えていたけれど、実際形にできた喜び。

きっとこの手紙を胸に今夜は布団に入るに違いありません^^

ありがとう



Image785.jpg
とても丁寧に迅速にやってくださいました。
封筒をあけたら、あたたかかったです。


何か御用があるときは、頼んでみてくださいね。
さまざまな業務を頼めます。
感謝です。
静岡市ワーク春日
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