虹色のやさしさ

この宇宙のあふれる優しさの中で、私に流れる煌めくいのちを全うできますように

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2012-07-30-Mon-01:04

生きなさい

生きなさい

あなたの人生を
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生きなさい

あなたの道を

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生きなさい

あなたの生が永遠に還る日まで

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私の子供たちよ

安心して生きなさい


(ほしのはらより・・大好きな五所神社の楠に寄り添って感じた言葉)


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かつてのこの日記に書いた時の詩につけた文章は
時々
私の現状や体から逃げたくなる、けれど、それをすべて抱きしめていきたい。

そんな文章を書いたと思います。



けれど、いや、違う、もう、逃げたくなるものなんてない。
もう、その経験はいらない。


この体で生きていること
それは
木が木として生きているように
私が私として生きていくこと。

同じいのちを
違う入れものの中で表現していくこと。

この木のように、生き、そして出会う日々や出会うものに
「安心して生きなさい」
と伝えられるくらいの、いのちの力、それが私なのだ。
この楠のように。
それが私のいのちなのだ。


同じ詩をこのブログで書いても、私自身は以前と変化しよう。
楠から感じたものを本当に自分自身のものにしよう。


負けないよ。

今生きているのだから。


愛して愛して生きてゆく。

いのちをおしみなく表現していく。
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2012-07-15-Sun-18:54

虹を見ようね

土砂降りだったり
しとしと降りだったり

雨にもいろんな日があるけれど

大きな傘があるから
みんな
みぃんな

雨やどりにおいでよ

みんなで雨の音をきいてみよう

どんな音?

しとしと
ぽつぽつ
ぼたぼた




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やがて雨はあがる

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雨があがったら

みんなで虹をみようね


 いとおしいすべてのものたち・ありがとう
(ほしのはらより)

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ずっと同じところにいると、どうもエネルギーダウンしてしまいます。
精神的にきつくなるのかな。
自分の中がひからびて、与えるものもなくなる感じなので、

だからお散歩に行けることが何よりうれしくて、
痛かろうが、頭ベトベトだろうが、遠赤のももひき(シャレテコではない)のままだろうが、
(本当に、あのラクダだけで歩いてしまう自分は、なかなかセンスがいいような気がする)
お散歩に行きます。

そして、水が流れる音、草の一本一本、空の雲や夕日などをみていると、
どんどんとにんまりしてきてしまいます。

ついこの間、小さなかぼちゃの葉っぱは、どんどんとのび、
つくしやれんげ、そして菜の花、そして、いつの間にか、水田に水がひかれ、
青々とした稲が気持ちよさそうに風に吹かれています。

もちろん出会う人は優しくて、みんなあいさつしてくださります。



今日は、ああ!カメラもっていけば、よかった、くらい、とても素敵なお散歩でした。

最近仲良くなってきた川と、そして木々を見てきました。
水の流れを見ているだけで、自然に笑顔になります。
水が流れている、ただそれだけのことがなぜこんなに満たされるのだろうな。

木々は、もう多くの人が周知の通り、昔から、木大好き人間なので・・・・

ゆきのちゃんは、そうそう!与作だね!!
といわれるほどで、

(でも、それちっと、違うと思うんだけれど)
(一応私女だし)
(ヘイヘイホー、って第一木を切るわけではないけれど)
(でも機織りの女房がいるならうれしいけれど)

と、いろいろ異論反論オブジェクションがあるわけで、

でもまあ、サブちゃん強そうだからいいか!

ということで、もういい、私は与作で、与作は本当に木が好きなのです。


今まで気になっていた木の近くに寄らせていただき、
自分自身が一番丁寧な丁寧な底な器になるまで、
ゆっくりとそばにいて、
お話をして、
そっと上をみたら、
あまりにそのすばらしい木の美しさに、
吸い込まれて、吸い込まれて涙がいっぱい出てきました。

ああ、きれい。


木はもちろんとても優しいけれど
優しくても優しくなくても、ただうれしい。

なんで、こんなに緑が緑として、いてくれることが、木が木としていてくれることが
幸せなんだろう。

いつも痛みでもだえている、私の頭では、
一体なんでこんな気持ちが出るかよくわかりません。

幸せは頭の中にはなくて、きっと目の前すべてそのものにあるんだろうな。


とにかく、美しくて、きれいで、ああ、神様、この木の存在と美しさを表現させてくださる
のって
神様以外ねえべな(与作チックに)、ありがとう、と思いました。

なんだか、すっかり、自然と仲良くなった感じのゆるやかさで、
もうトンボを見ても、カエルを見てもゆるゆるになって、自分が人間だということも
うっかり、すっかり忘れていたとき。


虹・虹・
と何かリズムが聞こえました。

もう一回

虹・虹・
と。

なんだろうな、と思い振り返ると、

大きな大きな虹。

うぁおー。
うぉおおおーー!

一人で、与作、遠赤ももひき、喜ぶ。



こんな大きな虹を、屋久島などいがいで、見たのは初めてでした。

そうかあ、よく、子供が虹の音がなる、ってわかる人がいるけれど、
こうやって、自然と繋がっているんだ。

なんとなく、虹が出るとき、わかる、っていう方もいらっしゃるものね。

自然と繋がれば、いろいろ見えたり聞こえるんだよね。

私は虹、というブログの題名にしてるわりには、虹にはうといので、
初めて虹と仲良しになれたようで、とてもうれしかったです。

そして、少ししたら、
虹にむかって、中学生の男の子たちが、友達と自転車を飛ばしている姿も
見て、なんだかとても希望を持ってしまう。

中学生、ありがとう。
中学生、未来の希望。

大丈夫。

大丈夫。

自然いっぱいと繋がれば、福島や、災害が起きたところや、水が枯渇している外国の大地や
そういうものもどんどん繋がり浮かぶけれど。


それでも、それでも、大丈夫。

目の前に現れるスクリーンの中の生きとし生けるものは、
みんなただただ愛されていて、美しいのだよ

神様はみながあるだけで、うれしいのでしょう。
私もそういう時が、時折あるから。

きっときっとそうなのでしょう。

いろんないろんな雨があるけれど、
冷たくなったり、痛かったりもあるけれど、

雨あがって、みんなで虹を見ていきたい。
きっと、それは、何よりのしあわせだと思うのです。
2012-07-07-Sat-23:42

星降る夜

願い事 笹の葉吊るし 空眺め 星降る夜の 十四のこころ

中学生の七夕の時、短歌を作って、笹の葉に吊るしました。

初めて、短歌、というものを知りました。
何個か作りました。


その時は、私は施設にいて、小さい子から同じくらいの子までと
一緒に生活をしていました。


パジャマをきて、笹の葉に自分の部屋の人たちとホールに吊るしに行き、
そして、
その先には、隣の部屋の子や、大好きな男の子、小さい子供たちがいて、
パジャマの感触、ホールの足音、蛍光灯の灯り、笹の葉につるされた飾り、
そんなものを感じて、願いごとを笹につる下げた記憶があります。


そういえば、七夕には、
3年前も、病院にいましたが、笹の葉に願い事を書きましょう、って
小さい子がまわってきて、書かせてもらった記憶があります^-^


14の心も
今の心も

いろいろあって

でも見上げた先の星空のように
ただ精一杯輝いて、消えていく。

私自身も輝いて、消えていく。
みんなみんな同じ大きな空で。

すべてをなんでも映し出せる、空の中で
いろんな輝きを出していく。


様々な輝きが 煌めいては消え 煌めいては消え
そういう世界に生きている。

ただ それだけのことが とても美しいと思うのです。



願いをかけた中学生の私は、
今の私と共に輝いて

そして

そのころ一緒にすごした仲間も
その空間も、全部大きな空の中で輝いている。

私が輝いているは、
みんなが輝いているから。

私がいるのは
みんながいるから。

お互いがお互いを大きな空の中で映し出し

いのちの輝きを共にしているのだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、大飯原発の再稼働についてのブログや行動のことを読ませていただいいました。

読ませていただいた方の、自分の行動、見たこと、すべてを振り返り、
対話して、理解しようという姿に頭が下がりました。

ひとつの行動から、深く深く感じて、理解される姿。
たとえどんな行動でも、その行動を懸命に理解すれば、その先は同じ気がします。

それについて、ふと思い出しました。

以前ですが、古くからイルカさんを食する文化のところで、
その地域の方がそのことについて、そして、それに対して反論のある方について、
まっすぐに向き合う姿勢の姿を見たことがあります。
その瞳の奥の光が忘れられません。
もうその宝と、答えがあるような気がしました。


まっすぐ見るというのは、二元論を超えているとしか思えない、いつも思います。


誰かが悪いのではないし、
何かが悪いのではなく。
何が正解とか不正解もなく。



原発の再稼働に今後の在り方を、国民が投票で決める署名を行っています。
賛成でも反対でも、そのことについて、考えられる、
正直に、というのは宝だと思います。


そして、結果、それを受け入れながら、その先を考えていくこと。
静岡の方、お近くの居住地の近くで、署名することができます。
署名場所にどうぞ、足をお運びください^-^

あとわずかの日程です。

原発県民投票・静岡
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