虹色のやさしさ

この宇宙のあふれる優しさの中で、私に流れる煌めくいのちを全うできますように

--------------:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012-06-29-Fri-13:36

解放

Image791.jpg

どんなきらびやかな服も要らない

わたしのなかは 何より美しいから


どんな素晴らしい称賛も要らない

わたしはあらゆる 肯定そのものだから


どんな舗装された道も要らない

どの道も輝きが通ることに変わらないから


どんな安らいだ居場所も要らない

わたしはあらゆる居場所であり 宇宙そのものだから



わたしは
何もない

私は
何もなくて

ただ
愛が
愛として

在るだけ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

言葉に出せたこの詩の題をなんとしていいか自分でもわかりませんでした。

本当の本当の賛美のような。
言葉がみあたらなかった。


それでも開けていく感じで、解放にしました。
少しずつ、開け放っていく中で
結局、結局
開け放ってしまった先には
何もないとしかいいようがなくなります。

解放

すべてを解放すること
全部を降伏すること

降伏は
幸福なのかな。


今、ヨガはできませんが、だんだん、自分の心を見つめていく中で、
ヨガができるようになったときのことです。

ヨガを何ポーズがしていたとき、ヨガは、全面降伏だ、と感じました。


ああ、生きるってそういうことなのかな、と。
でも頭が、どうしてもそれを受け入れようとしなかった。



すべてを明け渡すということ。
すべてを宇宙に開け放つということ。

それは、もう、さんざんやってきた、自暴自棄のあきらめとは違って、
自分が消えてしまうな、苦しさや自分をふわふわさせてしまうのとは違って。

すべてを愛で明け渡す、見たいな感じ。



この詩ができたとき、
ふと、昔出会った詩を思い出しました。

福祉系のことを学んでいたときの教科書に書いてあったものです。

以前、ミクシィの方でアップしました。

その時も、自分の感じたことと連動したとはおもうのですが、
まだ、それほどピンときませんでした。

そして、ミクシィでは、同じ学校で学んだときのお父様が
とても素敵な施設の経営をされている友人が、

「自分もずっとずっと前から知っていた詩でした、とても深い。
まだこのすべてがわからないけれど、深い。」

というようなことをコメントくれました。

私も
「うん、深い、でもまだ、わからない。」
というようなことを答えたと思います。

入院した病院には、この以下の詩が壁に何か所か貼っていました。

病院には自由に書くノートがあり、

この詩を見て、
感じいるけれど、でも、病気は治りたい、と書かれている人もいました。

私もそうでした。
なんだかこの詩が、とても悲しく感じることもあったのです。
やっぱりそんなのいやだよ。って。
私がこの詩を読むと、私の負け惜しみみたいな気持ちになってしまうことすらありました。


先日、私の中で全部を開け放ったとき、解放され、
言葉にだし、そして、何日か後に、このニューヨーク大学の壁の詩を思い出しました。


なんだかすごいすごい熱いもので繋がった気がしました。

この患者さんの詩とようやく少し繋がれた気がしたのです。
神でも愛でも宇宙でもいい。
ただ、何かすべてに。
もう何も要らない。
何もないのだから。

そこがわたしでありすべてであるから。


すべてがすべてとして
生きていくだけ。

すべてが叶っている
心の中でいいあわらせないけれど、
ありとあらゆるすべてが。

叶う叶わないとか
そういう問題ではなく、
すべて叶っていた。

私の詩と、壁に書かれた言葉は違うけれど、
でも、私は
同じものをまだ少しだけのような気がしますが、
私の中で感じられたと思っています。


深い祝福と愛と美しさが
どうしようもなく湧きだして、この壁にかく、詩を作らせたのだと感じます。

感謝をこめて、
ここでまた日記に書かせてもらおうと思いました。

ありがとう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ニューヨーク大学病院の壁に残された詩


大きなことを成しとげるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと
弱さを授かった
 
より偉大なことができるようにと
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして  
富みを求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった
 
世の中の人々の賞賛を得ようとして
成功を求めたのに
得意にならないようにと
失敗を授かった

人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
いのちを授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは
すべて叶えられた

私はあらゆる人の中で
もっとも豊かに祝福されていたのだ

スポンサーサイト
HOME
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。